【買わねぐていいんだ。】24話 リカちゃん人形で売上アップ

第四章 私はただの物売りじゃない

リカちゃん人形で売上アップ

 では、「プラスaの気持ち」「お客さまの色に染まる」「お客さまを想像する」といった、これまでお話ししたことが、どうやってお客さまの思い出、そして売り上げにつながっているのか?そのことをわかりやすくご説明するために、「何かもう一品」のなかでも、とくに大きな売り上げをあげることのできた商品について、お話ししようと思います。
 1999年に日本レストランエンタプライズから限定発売された、アテンダントリカちゃん。一体3980円で、3600体限定のリカちゃん人形です。私たち販売員と同じ制服を着て、一体一体にシリアルナンバーがついたものになっていました。
 限定品としてコレクターの方などからは喜ばれたかもしれませんが、新幹線のなかでいきなり「車内販売にうかがいました。リカちゃん人形はいかがでしょうか」と回っていても、すぐにお客さまから買っていただけるようなものではありません。もちろんほかの販売員たちも、一体をワゴンの目立つところに積むのがせいぜいでした。
 そこで私は「よし!このアテンダントリカちゃんをたくさん売ろう!」と考え、一介の乗車で20体ほど持っていくことにしていました。
 ある日、先ほどお話しした「直接お話ししなくとも、親しみを感じていただく」やり方であるご一考様にさり気なくきれいな富士山の見えるポイントをご案内しました。すると、そのなかのおひとりからお声が掛ったのです。
「俺、お茶買う」
「俺はほんだら、コーヒー飲みたい」
「牛肉弁当は米沢から入るんだっけ?」
といろいろなご注文が。私は、
「じゃあ、お会計は一緒にしますか、別にしますかー」
と伺います。そうすると、
「あ、ここさお金払う大蔵大臣いっからよー」
と教えていただけるのです。こういった情報からも(あお会計はみんな一緒で、まとめ役がいるんだな。じゃあ、旅行グループか何かかな)というような想像が膨らみます。
そこで私は親しげに、
「お客さーん、いま大蔵省なんてないよ!」
「あ、んだっけりゃ」
「がま口って呼んでけれー」
「そっちの言い方のほうが古いよ!」
(大蔵省ということは、思っていたよりお年寄りなのかもしれない。定年退職されてお友達と旅行に来たのかな)そんな想像をしながら、やりとりを続けます。お客さまのことを想像すること、お客さまに合った会話をすることで、お客さまがグングン身近に感じていきます。
 そこで「また来るねー」とごあいさつをして、また販売業務に戻ります。やはり、こういった会話を一度でもすることで、お客さまも「あ、山形弁のお姉ちゃんだ」という親しみのイメージを持っていただけるようです。

 そして、最後にアテンダントリカちゃんを持って回ります。まずは5体ほどかごに入れて。何もせずに「失礼します。リカちゃん人形お持ちしました」と車内に入っていっても、お客さまは「は?誰か頼んだの?」とびっくりされるだけでしょう。ですが、一度お話ししたお客さまは、「お姉ちゃん、何売ってるの?」と興味を持ってくださいます。
「なんだず、リカちゃん人形なんか売って~」
「ほら、かわいいんですよ」
「いやでもよ、俺たちいまから旅行だからよ」
「んだら、帰りに私と会うかわかんねけど、別の子も持っているから。よかったら帰りにリカちゃん人形さ、お孫さんに買ってってけらっしゃいな」
 買っていただかなくとも、こんなやりとりをして次の車両に行きます。さまざまなお客さまのなかには、興味をもってくださる方もいれば「いや、いいです」といわれる方もいる。ですが車内を回るうちに、先ほどのように会話された方などに、少しずつ買っていただけるのです。
そのうち5体すべてが売れてしまい、一番端の車両、11号車の基地に再びリカちゃん人形を取りに行きます。そうするとまたさきほどのご一行の前を通ることになります。
「なんだ、リカちゃん人形売れたのかい!」
「売れた売れた。これ、人気あるんだずー」
 お客様は、最初はきっと「こんなの、売れるわけないべ」と思っていらっしゃったでしょう。しかし、私の「売れた」という言葉を聞いて驚かれます。
そしてまた5体、リカちゃん人形を持って回っていきます。何度かそんなことを繰り返すうちに、お客さまに対しても段々と説得力が出てくるのです。
「ほだいに売れてんのか?」
「んだずー、また買ってもらったんだず。だからいったべ、特別だって」
「こりゃほんとうに帰り買わんなべ。ちょっと最後に聞きたいんだけどよ。なしてリカちゃん人形がそだに売れんの?」
「私たちの制服を着たリカちゃん人形で、特別にシリアルナンバーが入ってんだ。もしかしたら将来、高額になるかもしれねず」
「なんでリカちゃん人形が売れるんだろう?」という驚きとともに、こういった情報もプラスαでお伝えします。もしそのときに買っていただかなくとも、「こんな変わったリカちゃん人形が新幹線で売っていたな」という思い出になるかもしれません。それだけでも私は嬉しいと思いますし、それで買っていただければ、なお、ありがたいことです。
また、その時に買っていただけなくても、のちに別の販売員から買っていただければ、それはそれで会社の売上に貢献できたことになるでしょう。
このようにして私は、限定品のアテンダントリカちゃんを発売期間で約800体以上売り上げました。残念ながら現在は販売終了していますが、新幹線のワゴンにはこういった変わり種のお土産も実はたくさんあります。
 何でもない販売シーンでも、今までお話ししたしたような考え方がいたるところにちりばめられているということがおわかりいただけたでしょうか?これらの考え方は、どれかひとつを忠実に実行したからといって売り上げに直結するものではありません。短期的に見れば、むしろ損になってしまうこともあるでしょう。
ですが、より長期的な視点から見たとき、かならずこういった考え方はお客さまに通じ、ひいては売り上げに反映されるものだと思います。