第7章 人を育てること、伸ばすこと
◆新人にまず最初に知ってもらうこと
入ってきたばかりの新人に、マニュアルや業務のコツを教えることはとても大切。ですが、それよりももっと大切なのは、「この仕事は楽しい!」ということを知ってもらうことです。
まずは一緒にやってみせて、その後にやらせてみておもいっきり褒める。「こんなに売れたんだ!えらいえらい。どうやって売ってきたの?」と相手に聞いて話してもらうことで理解してもらうのです。
たとえば、始発の新幹線に乗ったとき。
「始発は、とくにコーヒーとサンドイッチが売れるから。多めに積むといいよ」
これは確かに間違いではありません。見当違いの商品を積み込むよりは、売上も確実に取れるでしょう。しかし私は、そんな「コツ」ばかり教えることが指導だとは思いません。
それよりも一緒に販売に回って、
「あー今日はこれくらいの売上だったね。あんまり売れなかったけど、面白ろいお客さんもいて楽しかったね」
と、その日あった出来事を共有し、それによって「仕事って楽しい!」と感じてもらう。
それが新人教育の第一歩だと思っています。
マニュアルや業務のコツは、仕事をしているうちに、それぞれが徐々に身につけていくことができます。ですが、「仕事の楽しさを実感する」というのは、時間が経てば誰でも得られるわけではないのではないでしょうか。
私が新人についてあげられる時間は限られています。私自身がそうだったように、研修期間の後はひとりで現場に立たなくてはいけない。そんな限られた時間で教えてあげられる知識や情報は後からおのずとついてくるのだと思います。
私は、入ってきたばかりの新人に対して、怒ることは絶対にありません。作業を間違えたりもたもたしてしまうことは、新人なら当たり前のこと。そこに「怒る要素」はいっさいないのです。これは、当然のことのように聞こえるかもしれませんが、意外と多くの指導する立場の人ができていないのではないでしょうか。
仕事の基準を自分のレベルで考えていると、できなくて当たり前の新人に「何でこんなこともできないんだ」とイライラしてしまう。ところが仕事を始めて早々、先輩と同じレベルの仕事ぶりを求められるようでは新人もたまったものではありません。
たとえば、新人の販売員がお客さまに渡すお釣りを間違えてしまった。新人の子から「おつりを間違えてしまったみたいです」といわれたら、私はまずその子の気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと状況を聞き出していきます。
「どういうふうにお釣りを間違えたの?」
「1100円のお買い上げで1500円をお預かりして、400円のおつりを返さずに戻ってきてしまいました」
「それで、お客さまは怒っていたの?」
「いえ、おつりをお返ししていないことに、まだ気づいていないみたいです」
「そっか。じゃあお客さまに謝りに行って、400円をお渡しすればいいんだね」
こうして、間違ってしまったことを順序立てて話していくと、新人の子も私も冷静になって状況を把握することができます。そして、
「じゃあ、私がお客さまに謝るから、一緒に行こう。お客さまが『そだなお金間違って』って怒っていらっしゃったら、私、一生懸命謝るから。大丈夫だよ」
といって安心させてあげるのです。
どんな新人の子でもいつかは先輩になり、なかにはインストラクターになる子のいるでしょう。そんなとき、今度はその子が新人や後輩を助けてあげなくてはいけなくなります。私は言葉に出して言いこそしないものの、「いずれはあなたもやることなのだから、いまの私を見て何かを感じとってほしい」という気持ちをこめて指導しています。
なかには、まだ社会人として「働いてお金をもらうこと」の実感を得ていない新人もいるかもしれません。私も、そんな女の子のひとりだったのでしょうから。そして、明らかに人の話を聞く態度ではなかったり、学校と同じ気分でいるような子には、「いままでは親にお金を出してもらって学校に行っていたけど、これからは一社会人として、働かせてもらってお金をもらうんだよ」ときちんと伝えます。
最初に新人に教えるべきこと、それは仕事のノウハウではなく、さまざまな意味での「働く気持ち」なのだと思います。