【買わねぐていいんだ。】33話 男の子からもらった折り紙

第6章 毎日がお客さまとのドラマです

男の子からもらった折り紙

 車内で出会った幼稚園児の男の子が話してくれたことは、いまでもとてもよく憶えています。
 その子は、東京からの下り列車にお母さんとふたりで乗っていました。一回目の販売で回っていったときに、「あ、あそこに小さな子がいるな」ということは憶えていました。ところが、デッキにある車内販売の準備室で商品の追加をしているとき。その男の子が私のところへやって来て、チラチラと私を見ています。
(きっとつまんないから話がしたいんだろうな)
 そう思って、声を掛けてみました。
「何をしているの?遊びに来たの?じっとしてらんねんだべ」
「うんー」
「新幹線好きなの?」
「うーん、まあまあかな」
「そっかあ。じゃあ飛行機のほうが好き?」
「、ーん、でも俺よ、新幹線しかまだ乗ったことねえからよ。だから飛行機と新幹線つったら、新幹線のほうが好きだけど」
 幼稚園児のくせに自分のことを「俺」なんていっちゃって、ちょっと生意気そうな、でもお話しするのが大好き! といった感じの男の子です。そんな他愛もないやりとりをしばらくしていると、「ちょっと俺、席にもどっからよ」というので、「ゆっくりしてけな~」といってまた作業をしていました。
 すると、その男の子はすぐに戻ってきて「はい! これ、けるっ!」と手作りの折り紙をくれたのです。それはとても器用に折ってあるお花の折り紙でした。
「あー、ありがとう!すごいねぇ、こんなに器用に折れたの? せっかく作ったのもらったら悪いじゃん」
「いいよ別に」
「お姉ちゃん宝物だよ。大切にするよ」
 私がそう答えると、ぶっきらぼうだけど嬉しそうに、その男の子は席に戻っていきました。
 2度目の販売に回ったとき、改めて男の子の席を横切りました。1回目の時にも思ったことですが、お母さんはあまり男の子に関心がないようで、疲れて眠っているような感じでした。(ちょっと、穏やかな雰囲気ではないな・・・・)そう思ったの。憶えています。
 2度目の販売に回ったときは、その男の子は眠っているようでした。
 その後、また男の子はデッキにいる私のところへ遊びに来てくれました。ニコニコとしていて、本当に嬉しそうにしています。しばらくトイレのドアノブをいじりながらもじもじしていましたが、突然、自分のことを話しだしたのです。
「俺よー、今日東京さ行ってきたんだず。お父さんとこさ会いに行ってきたんだ。俺のうちはよ、お父さんとお母さんが離婚しているんだず。おもちゃ買ってもらったず。いっぺよー」
 その言葉を聞いたとたん、男の子の悲しみが私に込み上げてきて、ブワーっと涙が溢れてきました。(もう何もいわなくていい!)そういう気持ちで、男の子を思いっきり抱きしめていました。
 その子は、まるで離婚なんて何でもないことだというように、とても明るく話していたのです。お父さんがいないことで、たくさんの悲しみを背負っているのか、それとも「離婚」の意味さえわからずに、無邪気にいっただけなのか・・・・。
 どちらにしろ、こんな小さな身体でそんな大きなことを抱えている。それだけで「抱きしめてあげなくちゃ!」という衝動に駆られたのでした。
 それでも男の子は、自分のことを話し続けます。きっと伝えたいこと、話したいことがたくさんあるんだろう。今日、初めて会った私に、一生懸命話してくれる。私も涙を流しながら、男の子の話をずっと聞いていました。
 そのあとも、幼稚園でいじめられていること、将来の夢など、たくさんの話を聞かせてくれました。幼稚園では、好きな女の子の前でいじわるな男の子から蹴られるのだといいます。
「俺ば蹴っ飛ばしてくるんだよ。でも、〇〇くんはかっこいいしよー」
「なるほど。それは、まずはかっこいいところ見せらんないとね。やんだことはやんだって、まずその男の子に言わないと! それだけで女の子は君のことかっこいいって思うから」
「うん。でもよー、でもよー」
 その子はどうやら「でもよー」が口癖のようです。(きっと自分に自信がないんだな。
強いフリしているけど、私には弱い部分も見せてくれているみたい)そう感じました。
「みんな対等でいたら、仲良くもなれるし、ちゃんと自分のこともいわなきゃだめなんだ。もし、いってもわかってくれなかったら、同じ様に蹴っ飛ばしてやれ! そうしたらきっと相手が『痛い』って気づくから」
 私は真剣になってそんなアドバイスをしたことを憶えています。男の子も真剣な顔で「わかった」と頷きました。
 将来の夢については、男の子と「誰にもいわない」と約束したので、この場でもいうことはできません。ですが、その夢はとても子供らしく素敵なものでした。大人からしてみれば、バカバカしいように見えるかもしれません。しかし男の子の純粋に憧れる、その気持ちがとても素敵なものに感じられたのでした。
 その男の子は、米沢駅でお母さんと一緒に降りていきました。きっともう会うことはないでしょう。でも、短い時間で一生懸命自分のことを話してくれた、優しい男の子のことは一生忘れないと思います。