第六章 毎日がお客さまとのドラマです
◆富士山から始まった出会い
新幹線の中で出会うお客さまとのやりとりは、まるでドラマのようなことばかりで、思い出のなかからいくつかお話ししたいと思います。
第4章でお話しした、「自分の言葉で、お客さまの気持ちを変えることができる」と思うようになったあるエピソードがあります。
みなさんは山形新幹線から富士山が見えるということをご存知ですか?東海道新幹線のほうでは当然見えるのですが、山形新幹線からでも、天気がいいと小さく見ることができる。そして、その日もとても天気のいい日でした。
ある2列席に、30代ぐらいのサラリーマンのお客さまと、年配のおばあちゃんのお客さまが隣同士で座っていました。私が横を通ったときに、おばあちゃんから、
「すみませんお姉さん、コーヒーちょうだい」
とお声を掛けていただきました。私は「はい、ありがとうございます」とコーヒーの準備をしながら、何気なく富士山のお話をしたのです。
「おばあちゃん、もう富士山見られましたか?今日はとってもいい天気だから、すごく綺麗に見えますよ」
「え、見てねえ見てねえ。どっちゃあるの?」
「あっち側に見えるんですよー」
こんなやりとりをおばあちゃんのお客さまとしていると、それを聞いた周りのお客さまたちも「どれどれ?」と富士山を探し始めました。おばあちゃんのとなりに座っていたサラリーマンのお客さまは、それまでノートパソコンを開いてとても難しい顔をしていました。しかし、私とおばあちゃんが富士山の話をし出すと、フッと顔を上げて窓を見たのです。
「はあ、富士山綺麗だねえ」
こんなおばあちゃんのひとり言ともつかない言葉に、隣のサラリーマンのお客さまが、
「ほんとだ、綺麗だねえ」
と答えました。それまで難しい顔でパソコンとにらめっこしていたお客さまの、ホッと気の緩んだお顔が印象的でした。そして、そこからポツポツと、おばあちゃんとサラリーマンのお客さまの会話が始まったのでした。
私は「じゃあ、また来ますね」とお声をお掛けして販売業務に戻ることに。そして、車内を往復してまた、そのおばあちゃんとサラリーマンのお客さまのところへ戻ってくると、まだふたりは楽しそうにお話をされていたのです。
「あっ! お姉ちゃんお姉ちゃん、アイスクリームけろ! ふたっつ!」
突然、おばぁちゃんからそうお声を掛けていただきました。先ほどは「すいません」だったのが今度は「お姉ちゃん」と呼んでいただいた。お客さまが私に親しみを持っていただいたようで、喜びが込み上げてきます。
そして、おばあちゃんはアイスクリームをひとつサラリーマンのお客さまに渡し、ふたりで仲良く食べ始めました。
親子ほども違うお客さま同士が、富士山の話をきっかけに仲良くなった。難しい顔をされていたサラリーマンのお客さまが、笑顔でアイスクリームを舐めている。ただ隣同士で座っていたという関係からひとつの出会いにつながり、私がそのお手伝いをできたことがとても嬉しく思いました。
もしあのとき私が「富士山見えますよ」とひと言いわなかったら、ふたりのお客さまは何も話さずに新幹線を降りたことでしょう。また、おばあちゃんからのお買い上げもコーヒー一杯で終わっていたと思います。
私がこの列車に乗ったのも偶然なら、おばあちゃんとサラリーマンのお客さまがとなり同士になったのも偶然です。ですが、新幹線のなかには素晴らしい出会いにも満ちており、私はその手助けをすることができる。それを実感した出来事でした。