第五章 必殺技誕生
◆バック販売が生まれたきっかけ
ところで、お金の受け渡しをスピーディーに行えるようになり、6~7往復できるようになった頃。お客さまの足にワゴン車をぶつけてしまうという失敗をしてしまったことがありました。新幹線のなかでは意外と通路に足を出されているお客さまが多く、ワゴンが死角となって足元が見えないために、硬いワゴン車の角をぶつけてしまったのです・・・・。
お客さまからは「痛て!気をつけろよ!」とお叱りをいただくことに。「申し訳ありません!」といったものの、(ケガはしなかっただろうか、大丈夫かな)と心配で心配で、本当に悪いことをしてしまったと反省しきりでした。
ワゴンをお客さまにぶつけてしまうことについては、マニュアルに「気をつけるように」とある通り、私自身も気をつけてはいたのですが、それでもぶつけてしまった。では、「どうしたらお客さまにぶつけないようにできるんだろう」と考えたとき、いつも一両だけやっているバック販売を思い出したのです。
ワゴンで新幹線の端から端まで販売していき、最後尾の17号車まで来たとき、通路にはワゴン車を回転するスペースがないために、連結部分までの1両ぶんはバックで戻るのです。
「どうせなら、7両全部をバック販売しちゃえばいいんじゃねぇべか!?」
バック販売であれば、たとえお客さまにぶつけたとしても、鉄のワゴンではなく私の足。そのほうがお客さまも痛くないでしょう。こうして、折り返しのときは7両すべてをバックで販売するようになったのでした。
本音をいえば、このバック販売はとてもきつい販売方法です。とくに山形新幹線はほかの新幹線と違い、在来線の路線を走っているため揺れが激しく、ヒールのある靴で立っているだけでも精一杯。顔は笑っていますが、実はワゴン車は120キロ以上もあり、ワゴンを持つ手も足もプルプルで歯を食いしばって立っているのです。
そんななかでさらにバック販売となると、体力もかなり必要になってきます。実際に7両すべてをバック販売できる販売員は真似をしてくれている数名の後輩しかいません。
このバック販売を始めてから、お客さまにワゴンをぶつけないということ以外にも、ある「良い点」に気が付きました。
それまでは、折り返しで販売するときはお客さまの背後から進んでいくため、通り過ぎてしまったお客さまを見ることができずにいました。しかし、バック販売をすることでお客さまのお顔を見ながら進むことができるようになったのです。
このことで、たとえ通り過ぎてしまっても、お客さまが「あ、買いたいな」というお顔をされていれば、すぐそこまで戻ることができるようになりました。通り過ぎてしまった販売員を「すみません」と呼んで戻ってきてもらうのは、ちょっと勇気がいるもの。ですが、お顔を見えれば「何を売っているのかな」といった表情や、手を上げていただくといったジェスチャーのみで販売員も気付くことができるのです。
一番うしろのお客さまが手を上げてくださり、そこまで戻って商品をお買い上げいただき、またバックで進んでいく。そういうことを繰り返していれば、途中の席のお客さまもワゴンを見る機会が増え、お声を掛けていただく回数も増えていきます。
「通り過ぎたら次はいつ来るかわからない」
というのは車内販売の鉄則のようなもの。ですが、このバック販売をしていれば、その号車にいるすべてのお客さまのご要望に気付くことができるのです。