【買わねぐていいんだ。】28話 魔法のお釣りポケット 

第五章 必殺技誕生!

◆魔法のお釣りポケット

 たとえば、お客さまから「すみません、コーヒーください」とお声を掛けていただいたとき、「はい、ありがとうございます。300円になります」と商品をお渡しします。ところが、お客さまがお財布からお金を出しているあいだ、私はただボーっと立っていることに気が付きました。
「このボーっとしている時間を短縮すればいいんだ!」
 そう思った私は、意識的にお客さまの手元を見て想像するようになりました。300円のコーヒーをお買い上げいただく場合、お釣りがあるとすれば500円玉をいただいて200円のお返しか、1000札をいただいて700円のお返し。もしくは5000円、10,000円をいただいて、お札もお返しするパターンになります。
車内販売は税込みで10円単位までの価格設定になっているので、10円以下のお釣りは必要ありません。つまり、お釣りのパターンもある程度限られているのです。お客さまのお手元を見て出てくるお金を瞬時に判断し、お釣り金額を計算して素早くお返しする。これが自分にできる時間短縮法になるのではないかと気付いたのです。
 販売員は通常、エプロンについているふたつのポケットにお金を入れています。ふたつのポケットは中でさらにふたつに分かれているため、お金は4つに分別することができます。
それまで私はお金をまったく分別せず、小銭もお札もすべてぐちゃぐちゃに入れていました。そんな状態では上手にお金のやり取りをすることもできない。ときにはお釣りを間違えてしまう、金銭事故を起こしてしまったこともありました。
そこでまず、ポケット内でのお金の分別をしっかりしようと考えたのです。
「一万円札と、五千円札はそんなに使わないから利き手じゃない左手に入れよう。反対に千円札でのお返しは多いから、右手に」
 小銭も、それまでは100円玉と10円玉が「色が違うから」という理由で一緒に入れていました。しかし、目ではなく手で判断するために、大きさの差がより大きい100円玉と500円玉を右手に、10円玉と50円玉を左手に入れるようにしました。
 自分でこうするようになってから、新人が入ってくるとまずその人の利き手を聞くようになりました。手でお金を判断する場合、指先の感覚が重要になり、利き手かそうじゃないかで動きも大きく変わってくるのです。
 私も最初はなかなかうまくできないときもありましたが、手の感覚でそれぞれの硬貨の大きさを憶えていくうちに、失敗もなくなっていきました。
 このようにお金を分別すること、お客さまの手元を意識的に見ることで、お金のやりとりをより的確に早く行うことができるように。そして、普通の販売員だと3往復ほどの往復時間を、6~7回往復まで増やすことができるようになったのです。
 往復回数が倍になれば、お客さまとの出会いも倍になります。お客さまを待たせることも少なくなり、時間に余裕ができたぶん、接客にもゆとりを持つことができるようになったのです。